副反応で感じる毎日
8回もの抗がん剤投与を経て、様々な体の変化を副反応として実感することと、その薬の効果で体が回復していること。
そのどちらも実感しながら、日々意識は癌と闘う自分。
一体健康な時には、何を毎日考え喜怒哀楽、豊かな感情の趣くままに人生を過ごしていたのだろうかと思う程、考えすぎると精神的によくなくて、何でも気にしないことが大切なようです。
が!
繊細なもので〜笑
気にしないで過ごすにはどうしたらよいか?とか、思います。
たとえば、この退院して4ヶ月を振り返ると、4月あたりが一番調子よかったなと、その方向でいけば全然今頃は元気になっているところが、GW過ぎてからは、回復にストップがかかってしまったように感じます。
無理をした?とか、何が良くないか?などついつい足りないことを探してしまうけれど、冷静に考えたら、回復の階段はそうそう簡単ではないわけで、現実は厳しいと見るか、あまりにスムーズな日常に、今までよりできるようになったことが隠れてしまっている意識に気が付きます。
つまり、欲が出てきたのかもと、気が付きました。
病となって、今まで気づかぬことを気付かされ、新たな発見もありました。いわゆる感じ方が変わって、何を幸せと思うかが変わってきたのかもと思います。
家でじっくりゆっくりと過ごしますから、深くものも考えるほど、心が穏やかに整理されるかのようです。
どんな環境においても、何を幸せと感じるか、人それぞれであること、今まで考えていたことはもしかしたら全く真逆であったり、見栄であったりしたのではと気付いて、混乱するようなことがありましたが、それもこれも、考え方ひとつなわけで、何処に向って生きていくか、何にすがるように生きているのか、皆其々。
そんな迷いも、副反応の現れかもしれません。
時々、夜中に眠れぬ夜、我が身を冷静に実感した上で、どうやって生きていくかと考えると、嘘のように力が無くなり、気力も失せるかのような日もあります。
仕事に明け暮れていた過去を、自分を見失う程バタバタと過ごしていたけれど、やることがあって良かったよなぁ〜その蓄積で人生ってあるようなもの。
今、テレビをつければ、相変わらずの政治に世界情勢、よいニュースはあまりなく、右も左もお金に走る方々の欲にまみれた姿に、ゾッとしながら、好きなドラマをチラチラと。好きな音楽で癒されてを繰り返し、過ごしています。
よく昔はお笑い番組が定期的にあり、世の中の皆がそれをバカバカしくも楽しんでいました。そんな笑い効果を発揮できるメディアタイム、あまりないような気がします。大事かも〜
さて、
生きているうちにできること、しっかりといったらそんなパワーもないのですが、嘘に惑わされず、余計な風には流されることもなく、自然の力に守られながら身を任せて行くしかありません。
明日は何をしよう、ご飯は何を食べよう、寒いかな?暑いかな?何を着よう、何を聴いて、何を書こうかなぁ。そんなこと一つずつも、楽しみにするような時間の使い方。
もし、副反応で体の機能が衰えていくことを感じても、それも回復へ向かうシナリオに付随した運命なのだと思うことにします。
頑張れば横になる時間も増えるけど、それもワタシ、今のワタシ!だからと、違った意味で自分を認めて、生きながらえて行こうじゃありませんか!と、自らをはげましながら。。。
コメント