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2020年5月 2日 (土)

作曲課題作品から見えてくるもの

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楽しんできたエレクトーン、長い年月と共にその楽器に育てられてきました。

嬉しい時、悲しいとき、寂しい時、苦しい時、人生のあらゆる時にも、部屋のすみに鎮座!(^o^;)

そこで、一体どんな音楽を奏でてきたのかなと振り返ると、実に様々な音楽に向き合って、その原曲をもとに、弾きやすく弾いてきた、、、のが、実感です。

ある時から、私は私の楽しいエレクトーン、それを奏でることが、私の音楽と思えてきたのです。

40代になる頃、楽器の進化は素敵なのだけど、アレンジによって拒絶したくなるエレクトーンの世界を目の当たりにしました。さも、それがエレクトーン音楽の正統派と言わんばかりで、ましてや指導者自身が趣味の延長になっていないか、それは何がそうさせているのか、かなりの長い間悩みました。

私にとっては、楽しいエレクトーンでは全くなくなってしまったから。

内蔵された伴奏に合わせる音楽そのもの、機能優先サウンド、迫力はあっても全く美しさを感じなくなり、美意識からは遠退い世界で、自らが指導者として籍をおいていることにも苦痛でした。

私と同世代の素敵な音楽指導者は、またひとり2人と、エレクトーンを捨てて、ピアノや、他楽器の世界へ。それでも、他の世界へは、身を投じる気にならず、はっと気づくと、世代交代、エレクトーンの向き合い方の流行にも遠退いているように感じました。

そして、なぜ、人はそんなエレクトーンを奏でるのか?

私は何をしたいのか?

そんな中で出会った新作小品集、レジストデータなくても、作者が意とする心を感じ自由なレジストで表現すればよく、既存の楽曲世界にはない音楽本来の魅力を奏でることに気づくことができました。

この自由さ、そしてエレクトーン音楽として表現するための左手の重要性に気づいて今に至っています。

これまで長い間、多くの方々に作曲や編曲を教えてきましたが、リアルなレッスンで実際に音を出していたことは、ついついその素晴らしいサウンドのエネルギーにまやかされていたのではないか、言葉となる一音を見過ごしていたのではないか、と思います。

生徒さんへ出した作曲の宿題~

私と関わって下さり、それなりに取り組んで下さることに私も真摯に向き合うならば、と、彼女たちが日々自らの生徒に愛をもち実に粘り強くレッスンするように、私の大事に思うエレクトーンの音楽を教えていかなくてはと思います。


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