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2016年2月 8日 (月)

つかの間の看病

父は都城で生まれ育ち、五人兄弟の真ん中3番目、小さいときには上の二人の兄が軍隊に行っていた間に、幼い妹の面倒を見ながら、自分の両親も見送りと、かなりの苦労を一人で背負ったようで、母と一緒になってからは、いわゆるマスオさん状態、しかし、私が言うのも何ですが決して仲はよいほうではなく、常に生まれ育った環境、価値観の違いにストレスだったか、私の教育を理由として、40歳の時に単身赴任で遠方へと仕事に赴く道を選び、定年まで両親は別居生活、私はその間、進学、就職、結婚と家を離れ、母は一人で実家に、両親が揃って暮らすようになった時には、私も既に家庭をもっておりましたから、父との家庭的な絆は、普通の親子関係より少し密度薄いかも知れません。

父との幼い頃の思い出が、ベッドに付き添いながら走馬灯のようによみがえります。

離れていた分、客観的にもなりつつ、いかに母方の家を守らねばと、古い体質の価値観に生き抜かねばならなかった父のプライドや誠意を思うと、娘の私の出来ることを考えさせられ、病院と実家との往復の道を、これからのこと考えて歩きました。

都城、いいところ~(*^.^*)島津屋敷?の古い土地、姫城山を登ったり降りたり。

遠くに見える山々と、小さいときからある木々が、実家へと歩く道に今も聳えており、幼稚園に市役所や美術館、図書館、小学校に中学校、みんな私の育ったところ。古い空き家となった廃屋が少しずつなくなっているけれど、ふるさとの自然が慰めて、時の流れを感じさせ癒してくれてるかのよう。

年賀欠礼のハガキ、父から頼まれておりましたので、福岡出掛ける前に慌てて作成、投函。皆様に届きますように。

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